第15回 『文京を歩くかい』 <満開の桜の中を石神井川の沿って>

4月2日(土)、第15回「文京を歩くかい」が開催され、有楽町線「氷川台」から「石神井川」に沿って歩いてまいりました。ここ数日肌寒い日が続いていたので、桜の満開が予報より遅くなっていて、何ともラッキーな事にこの日が桜満開の初日となったのです。

そもそもは昨年11月に開催した【文京を歩くかい】で王子駅前から石神井川に沿って板橋宿まで歩き、そこから旧中山道を巣鴨まで下って来たのですが、その時に石神井川の両サイドには桜の木が植わっていることに気づき、皆さんから「さぞかし桜の季節には、この川沿いは見事だろうね」と話題が出ていました。そこで今年になって「どうせ春に開催するなら、一層の事、桜の時期に石神井川沿いを歩いてみよう」と考え、その日を4月2日(土)に決めて皆さんにご案内メールを配信したのです。しかし4月初めですので、歩く仲間の中でも結構の数の人が他の「お花見会」と重なってしまったようで、今回はいつもの半分位の参加で11名でした。

昨年から「年甲斐もなく無理な歩きは避けよう」と半日コースに変えてますが、今回も有楽町線「氷川台」駅前に午後1時30分に集合。駅前の石神井川沿いには桜がびっしりと咲き誇っていて、皆さんの心もスタート前からウキウキ。全員が予定通りに集まり、いよいよ石神井川に沿ってのおよそ12kmの行程の出発です。10分も歩くと「都立城北中央公園」に着きます。ここでトイレ休憩、そして本日1発目の集合写真を横一列に並んでパチリ(右の写真)

この公園は城北地域で最大の総合公園で戦時中は空襲被害の拡大を防ぐための緑地(防空緑地)だったそうで、

現在は各種スポーツ施設がある総合リクリエーション公園となっています。ところで、この地域では縄文時代前の「旧石器時代」に人類が住んでいた遺跡が発掘されていると知りビックリしました。この地域には「茂呂遺跡」や「栗原遺跡」が発掘され、そこから黒曜石でつくられた石器(茂呂型ナイフ形石器)が見つかっているそうです。私の自説『日本復活私論』の中で、「Y染色体ハプログループ」分析によると日本人は人類起源に近い「Dタイプ」であり縄文時代以前に日本列島に人類が住んでいたと力説しているのですが、ここの遺跡の話を聞いて益々自説の裏付けが取れたような気がしてうれしく思いました。
その「栗原橋」、「茂呂橋」付近を通過するとき、地元の老人会が芝生の上で大きな丸の字に座って宴会を楽しんでおりました。

「環七通り」を突っ切る付近から、次の「川越街道」を横切り東武東上線をくぐる付近までは桜並木は有りません。しかし東武東上線「中板橋」駅に近い「向屋敷橋」「久保田橋」の付近からは川の両サイドに見事な桜並木が続いていて、駅から近いせいかこの付近から桜見物客が溢れ返っておりました。(上の写真)

「山中橋」までは石神井川は直線的なのですが、すでに2月の中旬に満開を済ませた1本だけの「河津桜」が脇にある「中根橋」からは川は蛇行を始めますが、この川の姿が桜とマッチしてなんともスバラシイのです。「中山道(国道17号線)」に突き当たる手前に「氷川釣り堀公園」があります。ここで記念写真をパチリ。(右の写真)

国道を越えてしばし歩きますとすぐに「板橋」に到着します。

ここが旧中山道の宿場「仲宿」で、当時は大変に賑わった一角です。「御成橋」の脇にある巨大な「帝京大学病院」にてトイレを拝借し、途中参加のO氏が待っている「加賀公園」へ急ぎます。「金沢橋」の右手の山の上でO氏が場所を取って待っていてくれました。ここでしばし休憩。
  <加賀公園を出たところで>     <飛鳥山にて>
午後3時過ぎ、王子「音無親水公園」に向けてみなさん重い腰をヨイショとあげます。埼京線のガードをくぐり、「谷津大観音」がある「観音橋」に出て、次に「金剛寺」のある「紅葉橋」を通過。(この辺は前回の第14回「文京を歩くかい」に詳しい。)

そして音無親水公園に入らず横に逸れて「飛鳥山」を目指します。実は石神井川は昔ここから飛鳥山の手前を南に流れ下り、白山台地と上野台地との谷間を「愛染川(あるいは境川)」と名を変えて「不忍池」に流れ込んでいたと言われています。

これも「文京を歩くかい」に取っては「文京」に関連ずけてくれる話で、何ともその縁を感じて嬉しくなってしまいます。

すでに飛鳥山は桜見物客でごった返していました。到着は5時チョット過ぎ。ここで一旦散会としました。本当にご苦労様でした。しかしお帰りになったのはTさんお一人で他は全員「慰労会」へ参加。「慰労会(ご苦労さんかい)」は王子駅前の「鳥貴族」だったのですが、飲み放題、食い放題でなんと一人タッタの2800円。ところが、各種焼き鳥の美味いこと、そしてボリュームがたっぷり!みなさん大満足で今日1日が終了、帰路に向かったのは8時過ぎでした。本当にご苦労さまでした。

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